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JAWRO 学会助成 黒河千恵先生の報告書

2014.06.24

順天堂大学医学部 放射線医学教室 放射線治療学講座 
黒河千恵

 
この度、日本女性放射線腫瘍医の会 学会助成事業にご支援いただき、4 月 4から 8 日までオーストリア ウィーンで開催されました欧州放射線腫瘍学会「ESTRO 33」に参加させていただきましたので、その内容をご報告いたします。 
今回学会に参加するにあたり、東京からウィーンまでの空路として、羽田→ミュンヘン→ウィーンで飛行機を予約していたのですが、出発 2日前になって、ミュンヘン→ウィーン間で使用する予定だったルフトハンザ航空がストライキを起こしたとの連絡を受け、急遽、オーストリア航空へ便を変更いたしました。ストライキは数日続き多くの人に影響が出たようですが、その割にはミュンヘン空港で混乱した様子は見られませんでした。海外ではこういった事態に慣れているのでしょうか。また、ウィーンの緯度は北海道よりも高いため、4月はまだ寒いのではないかと思っておりましたが、実際に行ってみると東京とあまり変わりない気温でした。後で知ったことですが、ESTRO が開催される前の週に桜が満開だったそうで、桜の開花時期もほぼ東京と同じでした。せっかくウィーンまで来たので、桜も見られれば良かったのですが、少し時期がずれてしまったのは残念でした。 
私は医学物理士として大学病院で勤務しております。医学物理分野の国際学会として、アメリカ医学物理学会(American Association of Physicists in Medicine: AAPM)にはこれまで何度か出席したことがありましたが、ヨーロッパでの国際会議は初めての参加でした。そのため、ESTRO に参加するにあたり、アメリカとヨーロッパの違いはどんなところに現れるのか大変楽しみにしておりました。ESTRO では、毎朝 8時から Teaching Lectureが用意されており、そのあとに、シンポジウム、一般演題の口頭発表という流れのタイムテーブルとなっていました。各セッションはカテゴリごと(Interdisciplinary, Radiobiology, Clinical,Brachytherapy, Physics, RTT, Young)に明確に分けられているため、参加者が自分の興味のある(関係する)セッションを選びやすい構成になっていると感じました。
AAPM は医学物理分野のみの学会ですので、ESTRO と単純に比較はできませんが、AAPMでは多くの演題が採択され、様々なセッションが設けられる一方、ESTRO は口頭発表に採択される演題数が少ないため、一つ一つの話をじっくり聞けるように作られていると感じました。学会に初めて参加する人にとっては、AAPMはどのセッションを選んで良いか迷ってしまいそうですが、ESTRO は限られたトピックをじっくり勉強できるという利点があるように思います。今回の発表では、リニアック中の平坦化フィルタを除いた照射モード(Flattening Filter Free: FFF)を用いた研究内容について、生物学的な影響や、物理的な検証について、また、臨床において VMATや IMRT、SBRTで用いた場合の線量分布(照射野内と照射野外の双方について)の違いや治療時間の短縮などについて述べられた話が複数ありました。日本ではまだ認可されておりませんが、ヨーロッパでは Elekta社の FFFを備えた装置が導入されたばかりとのことでしたので、そのためかもしれません。当院でも 10月より FFFモードを使用できるリニアックが稼働予定ですので、どの講演も大変勉強になりました。また、私自身、今回の ESTRO では、「Characteristics of tissue-equivalent thermoluminescence and photo-stimulated luminescence sheets」というタイトルで線量分布の検証用に開発したTLDシートの物理特性についてポスター発表をしてまいりました。ポスター発表では、会場に貼られているポスターの数は AAPM などと比較すると圧倒的に少なく、会場でauthorと十分に議論できる雰囲気ではなかったのが残念でした。その代り、e-posterという電子ポスターの発表カテゴリが設けられているため、興味のあるポスターをダウンロードして、質問などをauthorにメッセージとして送れる点は良かったと思います。 
また、今回はウィーンまで来たということで、大学時代の研究室の先輩が勤務しているIAEAにも行ってまいりました。私は医学物理の分野に移る前は、理学部物理学科で原子核の構造・反応に関する研究をしていました。先輩は研究室で重イオン(金や鉛など)衝突反応の研究で学位を取得後、IAEAの核データセクション(NDS)に就職しました。核データとは聞きなれない方が多くいらっしゃるかと思いますが、これは原子核に関するさまざまな計測もしくは評価された物理的な反応確率データ(反応断面積など)を指します。IAEA NDS では、各国にある核データセンター(日本であれば、日本原子力研究機関、北大など)から収集された実験核反応データをまとめたファイルに問題が無いかどうかチェックし、足りないデータについてはカバーをするなどして、世界の原子核反応データの整備をしています。そして、整備された核データは、核融合炉や核分裂炉の理論計算、遮蔽や放射線の防護計算、原子核物理学研究、医療分野(放射線治療、RI内用療法など)、宇宙旅行で受ける線量の計算などに利用されています。放射線治療の分野では、例えば、粒子線治療における線量計算や、放射線治療施設の遮蔽計算、さらに 10 MV 以上の X 線治療の際に発生する中性子の評価などに用いられています。放射線治療では、モンテカルロ等を用いたシミュレーションが絶対的な線量計算ツールとして考えられるところがありますが、実際には、シミュレーションの中で用いられる核反応モデルや核データの精度にシミュレーションの計算精度は大きく依存しています。我々医学物理士は、線量計算において、どういった所にどの程度の不確定さがあるか医師に説明し、なるべく不確定さの少ない安全なプランを提案する責任があります。核データは表に出ない存在ですが、このように放射線治療にとっては大変重要な役割を担っており、線量計算で使用する側はそれをしっかり認識すべきだと改めて感じました。今回は、NDSのチーフの方ともお会いし、核データが放射線治療でどのように利用されており、どのぐらい重要なのかお話しさせていただきました。また、先輩に IAEAを見学したい旨を伝えたところ、ちょうど長崎大学医学部からインターンシップで来ている木村さんと放射線医学総合研究所でコンサルタントをされている安東さんも紹介いただきました。木村さんは血液内科の先生で、順天堂大学医学部附属練馬病院の血液内科にも見学に来られたとのことで、練馬病院の話でも盛り上がってしまいました。IAEAに来られてからは、チェルノブイリ原発事故の疫学調査をされているとのことでした。お二人ともウィーンでの生活を満喫しながらしっかり仕事をされており、海外で活躍する女性の姿はとても刺激になりました。 
今回はこのような貴重な機会を頂き、大変有意義な経験をすることができました。改めまして、JAWRO の関係各位の皆様、出張を許可くださった病院スタッフの皆様に深く御礼申し上げます。誠に有難うございました。 

(左)ESTROの会場入り口の様子。建物が赤色で装飾されていたのが、オーストリアらしかったです。

(右)IAEA本部が入っているVienna International Center建物。各国の国旗が飾られています。また、庭には日本相撲協会が寄付した鐘が置かれていました。